美装化工事完了
令和元年度の美装化工事の竣工検査が3月25日にありました。
今回の修理は、楼門の唐破風上部の左側蛙股の梅に鴬と右側蛙股の尾長鶏、破風の下の蛙股の鷹、その下の狭間の龍の彫刻です。梅に鴬、尾長鶏。蛙股は当初鳩と思われていましたが、彫刻を子細に調べた結果、眼の形が鋭く鷹であると判断しました。嘴は前回の修理時に欠落していたので、その時に鳩の嘴が付けられたようです。
大神比義(おおがのひぎ)が見に行くと老人の姿なく、かわりに金色の鷹(たか)が見えました。比義が『誰かによって鷹に変えられたのか、自分の意志で鷹になったのか』と問うと、鷹は金色の鳩(はと)となって比義の袂の上にとまりました。
神が人を救済されようとして自ら変身されたことを知った比義が、3年あまり断食をして祈り続けたところ、ついに欽明天皇32(571)年2月初卯の日に、この泉のかたわらの笹の上に光かがやく3才の童子があらわれ『われは誉田の天皇広幡八幡麿(ほんだのすめらみことひろはたのやはたまろ)なり。
わが名は護国霊験威力神通大自在王菩薩(ごこくれいげんいりょくじんつうだいじざいおうぼさつ)で、神として垂迹せし者なり』と告げられました。
そしてたちまち黄金の鷹になって駅館川(やっかんがわ)の東岸の松の上にとどまったといわれます。その地に八幡大神を祀った事が宇佐八幡宮の起源とされています。宇佐神宮HPより
狭間の龍の彫刻の顔の部分です。
これは唐破風の内側の彫刻です。左側、中央、右側です。
神功皇后が住吉の地に住吉大神を祀ったのが辛卯の年(211)卯月の卯日だとされることから、住吉神社ではウサギが神使とされています。住吉大社HPより
ここでは神功皇后様がウサギの姿を借りて、現れたのではないでしょうか?
彫刻の題材については2016.12.15の記事で説明していますので参照してください。さらに内側にある左側の狛犬と、
右側の狛犬です。
木部の欠損が多く木工事でも大変時間が掛かりましたが、美しく仕上がりました。