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「和藤内虎退治絵馬」

前回ご紹介した、橋本さんに解明して頂きました「和藤内虎退治絵馬」について、もう少し判ったことをお伝え致します。
先日夜、懐中電灯を持って回廊を巡回しておりましたところ、例の絵馬の前でふと思いついて真っ暗闇の中、絵馬を子細に照らしてみました。
すると上の写真の虎の後ろ脚の間辺りに文字らしき物が浮かび上がって見えました。
(写真は前回の絵馬の写真に、今回判読に使った写真を正確な位置関係で貼り付けています。)
墨で書かれたところが保護され周りが朽ちて、183年経った今では墨も残っていませんが少し盛り上がった状態で遺っています。
懐中電灯が非力な為、部分部分しか照らし出せませんでしたので3枚の写真を合成してみました。
「豫州 今治 山本雲渓」
と読めます。
やはり厳島神社の奉納絵馬「武松虎退治の図」と同じ絵師が描いた物でした。
これからは絵師山本雲渓が描いた「和藤内虎退治絵馬」と呼ばなければなりません。

ついでながら、
これは剣の柄に付いている房飾りですが光を当てることによって、この様に細かく描かれているのが判りました。

山本雲渓(やまもと うんけい) (1780~1861)は野間郡大井村(現今治市大西町)に生まれ、大坂で森狙仙に学んだと伝えられています。
医師を主たる生業としながら、丁寧な毛描きの猿の絵師として知られ、森派をよく学んだ作品を残しているそうです。
文政元(1818)年 野間神社に絵馬を奉納以来、今治地方周辺を始めとして、金刀比羅宮や大山祇神社など伊予国内外の寺社に多数の絵馬を奉納しており、その現存数も多いと言うことです。

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