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応神天皇と髪長媛

神社の正面入り口である楼門の狭間の内側には波と動物の図柄が彫刻されています。
これは正面の右側。
これは左側です。
三面が一連のもので、兎1羽と鹿3匹も彫刻されています。

日本書紀 巻第十 (應神天皇)
十三年 秋九月の条に

〔一(ある)は云う、-中略-始めて播磨に至りし時に、天皇(すめらみこと)淡路嶋(あはぢのしま)に幸(いでま)して遊猟(みかり)したまふ。是(ここ)に天皇(すめらみこと)西(にしのかた)を望(みそなは)すに、數十(とをあまり)の麋鹿(か)、海に浮きて来り、便(すなは)ち播磨の鹿子(かこの)水門(みなと)に入る。
天皇(すめらみこと)左右(もとこひと)に謂(かた)りて曰(のたま)はく、其(か)れ何(いか)なる麋鹿(か)ぞや。巨海(うみ)に泛(う)きて多(さは)に來るはと。爰(ここ)に左右(もとこひと)共に視(み)て奇(あやし)ぶ。則ち使を遣して察(み)せしむ。
使者(つかひ)至りて見るに、皆人なり。唯(ただ)角(つの)著(つ)ける鹿(か)の皮を以て衣服(きもの)と爲すのみ。問ひて曰(い)はく、誰(いずれの)人ぞ。對(こた)へて曰(い)はく、諸縣君牛(もろあがたのきみうし)、是れ年耆(としお)いて致仕(まかりさ)ると雖(いへど)も、朝(みかど)を忘るるを得ず。故(か)れ己が女(むすめ)髪長媛(かみながひめ)を以(も)て貢上(たてまつ)ると。
天皇(すめらみこと)悦(よろこ)びたまいて、?(すなは)ち喚(め)して御船(みふね)に従(したが)はしめたまふ。-後略-〕

応神天皇が、「かれいかなる鹿ぞや。海に浮いて沢山來るわ」と。ここに従者と共に見て訝しく思われました。
まさに、応神天皇が見たままの情景が描かれています。

 ここで興味深いのは「唯(ただ)角(つの)著(つ)ける鹿(か)の皮を以て衣服(きもの)と爲すのみ。」は
「唯 角著ける鹿の皮を以て衣服と爲すのみ。」ではなく
「唯角(ただつの)著ける 鹿の皮を以て衣服と爲すのみ。」の様です。
つまり「唯角(ただつの)」は写真の様にユニ・コーン「一角」を表している言葉だと考えられます。
※もっと大きくご覧になりたい方は写真をクリックして拡大してみて下さい。

また-後略-の部分には
これで、この時の人が着いた処を鹿子(かこの)水門(みなと)と呼ぶようになった。水手(ふなこ)を鹿子(かこ)と云うようになったのも、この事が起こりである。と説明しています。

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