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蟇股の彫刻

雑誌の取材で蟇股の彫刻について由来を訊かれましたが、判らないものもあります。

調べていると、本願寺御影堂内蟇股の彫刻修理記事がありました。
 内外陣蟇股は、飛天(ひてん)・迦陵頻伽(かりょうびんが)および雅楽(ががく)の楽器を画題とし、・・・
 矢来蟇股は二十四孝(にじゅうしこう)をモチーフにされています。

と書いてあります。

『二十四孝』は、中国において後世の範として、孝行が特に優れた人物24人を取り上げた書物です。
孟宗(もうそう)は、幼い時に父を亡くし、年老いた母を養っていました。
母も病気になって、ある冬筍が食べたいと言います。
孟宗は竹林に行きましたが、冬に筍があるはずもありません。
孟宗は涙ながらに天に祈りながら雪を掘っていました。
すると雪が融け土の中から筍が沢山出て来ました。
孟宗は大変喜び、筍を採って帰り熱い汁を作って母に食べさせると、たちまち病も癒えました。
この話は、 孟宗竹の語源だそうです。

もう一つも判りました。
董永(とうえい)は幼い時に母と別れ、雇われ仕事の小銭で日々暮らしていました。
父は足が悪く、小さな車を作って父を乗せ、農作業をしていました。
その父が亡くなり葬式をしたいと思いましたが、お金がありません。
そこで、身売りをしてお葬式を済ませました。
身請け主の所へ行こうとすると、途中で一人の美女がいました。
「私は、絹を織って身請け主に届けて許されました」と言いました。
そして董永の妻となり、幸せに暮らしました。
晩年、「私は天の織姫です。貴方の孝行な心に感じて天が私にお命じになりました。」
と言って、天に帰って行きました。

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